中島みゆき考「世情」

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく

変わらないものを 流れに求めて

時の流れを止めて 変わらないものを

見たがる者たちと 戦うため

「時代」に続いて、今回は中島みゆきの 4 枚目のアルバム「愛してくれと云ってくれ」に収められている「世情」を取り上げます。この曲は「3 年 B 組金八先生」の挿入歌に用いられ、有名になった曲ですが、その歌詞はとても難解です。上の部分は何回も繰り返されるサビの部分ですが、この「変わらないもの」がいったい何を指すのか、前半と後半で「変わらないもの」は同じなのか、違うのか、いろいろと考えさせられる詞です。いろいろな解釈があるようですが、私なりの考えを書いておきたいと思います。

「シュプレヒコール」とは何でしょうか? 広辞苑(第 7 版)によれば「① 古代ギリシア劇の合唱に模して行う科白 (せりふ) の朗唱・合唱。② 集団のデモンストレーションなどで、一斉にスローガンを唱和すること。また、その唱和。」となっています。①はそもそもの語源、②が現在使われている意味ですね。ここでは「シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく」ですから、スローガンを唱和しながらデモ隊の波が通り過ぎていくという事になるわけです。「時代」の所でも書きましたが、これは 1970 年代の歌です。学生運動が盛んな頃ですが、この歌が発表された 1978 年にはすでに下火になっていてデモ隊を見ることも少なかったと思います。中島みゆきは歌を作るのに時間がかかると言っていることから、おそらく70 年代初めに書き始められたのではないかと考えています。70 年安保を巡って各地で学生運動が盛んな頃です。学生運動のピークは1969 年の東大の安田講堂占拠ではないかと思うのですが、ピークを過ぎたとはいえ 70 年代の前半は各地で盛んにデモが行われていました(実は私も参加したこともあります)。

 では、このサビの前の部分を見ていきましょう。まずは最初の部分です。

世の中はいつも 変わっているから

頑固者だけが 悲しい思いをする

変わらないものを 何かにたとえて

その度崩れちゃ そいつのせいにする

 世の中は常に動き、変化しているので、その変化についていけない頑固者は悲しい思いをする。これは真理ですが、この歌の「頑固者」はいったい誰のことなのでしょう? いろいろな解釈が可能です。これを「学生運動の活動家」と読んでみましょう。60 年代の後半から 70 年代初めまで、学生運動が盛んだったということは、その運動が共感されていたということなのです。ある意味、若者のひとつのファッションになっていたと言ってもいいかと思います。しかし、次第に世の中が変化していきます。学生運動が過激化していって周囲がついていけなくなり、活動家は次第に孤立を深めていきます。このあたりの心情が「頑固者だけが 悲しい思いをする」ではないかと思っています。

「変わらないものを 何かにたとえて」の「変わらないもの」とは、活動家が持っていた理想的な社会を目指す革命の理念であり、社会に受け入れられずさまざまな挫折を味わうたびに、うまくいかない理由を自分そのものではなく、自分がやってきた活動のせいにします。

 こう考えると、サビの部分の最初の「変わらないもの」はデモをしている人々の持つ「理念」であり、彼らはこれが世の中の主流となることを求めてデモを行っています(「流れに求めて」)。さて、つぎの「時の流れを止めて 変わらないものを 見たがる者たちと 戦うため」ですが、デモの参加者から見れば「時の流れ」は変革に向かっているはずですが、一方、施政者側はそんな「時の流れを止めて」、これまでと同じ「変わらない」世界を見ようと、活動家たちの動きを封じようとするのです。

 次の部分はこうなっています。

世の中は とても 臆病な猫だから

他愛のない嘘を いつもついている

包帯の様な嘘を 見破ることで

学者は世間を 見たような気になる

 世の中というものはとても臆病で、不都合なことは隠そうという方向に動きます。そのために、いろいろな嘘をつくわけです。「包帯」は傷口を隠して守るためのものです。「包帯の様な嘘」とはよく言ったものですね。そして、学者たち、テレビのコメンテーターたちは、その嘘をあばいて、いかにも天下を取ったような顔をしているのですが、それは世間のほんの一部分のことなので、全体には影響を与えません。

 この歌のタイトルは「世情」、世情とは「世の中のありさま」です。この歌も「時代」と同じくとても俯瞰的な詩です。70 年代の「世情」を歌っているのですが、比喩を用いているので様々な解釈が可能となるのです。

「変わらないもの」は人間の本性とも言えるものです。人間の根本にはいつも「変わらない」部分があります。そして、世の中の変化に対して抵抗する。人間の平等を謳って、社会を変えようとした若者たちでさえ、結局は自分の中のあまりにも人間くさい「変わらないもの」のせいで、権力闘争を繰り返したり、仲間割れをしたりします。共産主義はいつのまにか独裁主義になってしまう。人々は強いものに従い、忖度し、ほころびを隠そうと嘘をつく。世の中は嘘で溢れていて、その包帯のような嘘をみやぶる学者達もいっぱいいる。それでも世の中はいつしか変化しているのです。そして今も、香港、ミャンマーなど、世界のあちこちで、「時の流れを止めて変わらないものを見たがる者たち」と「変わらないものを流れに求める者たち」との戦いは続いていることを忘れてはなりません。

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