前回のウォーキングから 4 日後の 2023 年 3 月 11 日、8:29 に私は御宿駅に着いた。土曜日なので上総一ノ宮までの外房線は空いていたが、その後の 2 両編成の鴨川行きは結構、混んでいた。今日は「御宿」の先の岬を歩き、「大原」へ出ようと思う。御宿から少し東へ進むが、その後は北上を続ける。この辺りまでくると、山の突き出しもだいぶ弱くなっていて、次回歩くことになる「大東崎」から北は「九十九里」の長い砂浜となる。


御宿駅の前にはタクシーが数台停まっていた。さすが、土曜日の観光地だと思った。「網代湾」の海岸線を東に歩く。すでにサーフィン客が押し寄せており、海岸沿いの駐車スペースは車で一杯だった。「岩和田漁港」を進むと今日、最初のトンネルに出た。この先、道は山の方へ入っていく。


分岐を左に入る。丘の上に「ロペス・メキシコ大統領来訪記念碑」があるのだ。坂を上ると記念碑の入り口に出た。四角い塔が立っている。これが記念碑。その先が展望台になっていて、眼下に「網代湾」が一望できる。湾の向こう側の海沿いの道、あそこを前回、歩いていたのだ。



坂を下って分岐まで戻る。この道は「関東ふれあいの道」になっている。矢印の先は「岩船地蔵尊」だ。歩き出してすぐに「小波月」の立て札があった。右側の道を海岸に向けて下りていく。「御宿」の東側の海岸線は断崖絶壁が続き、とこどころに海岸への降り口がある。最初がこの「小波月(こはづき)」だ。さらに「大波月(おおはづき)」「田尻」「小浦」「釣師(つるし)」と海岸が続いているて、今回はこれらの海岸の絶景を見るのがメインテーマになる。海岸を繋ぐ海の道があれば良いのだが、残念ながらそれはかなわず、尾根道からそれぞれの海岸まで下りねばならない。だから、結構時間がかかり、訪れる人も少ない。

「小波月海岸」は山の入り江の狭い砂浜である。海が青く、澄みわたっている。静かに波が寄せていた。

元の道に戻り進むと、今度は「大波月海岸」である。標識の左側が駐車場になっている。直ぐ右の細い道を下りていくと浜が現れる。「小波月海岸」よりはだいぶ広く、素晴らしい景色が広がっていた。東側の浜の先には「ローソク岩」が見える。西側の岩の上に誰かいる。最初は釣り客だと思ったが、よく見るとオジサンが岩に腰掛けてビールを飲んでいる。この青い海をあてに飲む一杯はさぞや格別だろう。後で声がする。オバさん二人組が下りてきた。岩場でどう下りようか迷っているので、下り方を指南した。11 時頃に干潮になる様子を見に来たと言う。一人が以前、「トレイル」でここに来たことがあると言っていた。帰ってから調べると「トレイルウォーキング」が開催されていたようだ。オバさん達と喋っていると、岩場から戻る人とすれ違った。オジサンと見えたのが、実は若いガイジンさんだった(私の眼もいいかげんだ)。彼が「ウミ、キレイ!」と言う。本当にきれいな海だった!



山の中の道を進む。前をさきほどのガイジンさんが歩いている。「ドン・ロドリゴ上陸地」という看板があった。江戸時代、フィリピン長官のロン・ロドリゴが任期を終えてマニラからメキシコに帰る際に暴風雨にあって座礁し、この海岸に上陸したとのことである。確かに、この辺り海の難所なのだろう。「勝浦」の官軍塚も熊本藩士の船が座礁し、その犠牲者を弔ったものだった。浜への階段があるがロープが張ってある。碑の説明を読んでいると、さっきのガイジンさんの姿が消えた。浜の方にへ下りたようだ。下りてみようかという考えが頭をよぎったが、まだ先が長いのでつぎに進むことにした。


つぎは「小浦海岸」だ。駐車場横の小道を進むと素掘りのトンネルがある。灯りがないので真っ暗だが、路面の状態はよい。丸木橋を渡り、浜へと下りると、ここもまた絶景だ。浜の北側には鼻のような形の岩が見える。これが Google Map にある「ノットの鼻」だろう。でも、「ノット」ってなんだろうか? 英語の “knot” には「船の速度」の意味の他に、結び目、幹や枝のコブ・節、集団などの意味がある。このどれなのか、「コブ」が近いようにも思うがよくわからない。



浜から引き返す途中、右側に洞穴が見えたので行ってみる。これは天然に作られたものだろう。穴の先からノットの鼻がよく見えている。

元の道に戻り、「岩船地蔵尊」に向けてさらに歩く。鼻がむずむずし始めた。いかん、花粉症がひどくなってきた! と思ったら、まわりは杉である。それも背の高い杉がそびえ立っていた。

しばらく山の中を歩く。ようやく海が見えてきた。看板があった。「釣師海岸(つるしかいがん)」そして、その先に広がる光景に思わず息を飲んだ。絶壁が延々と続いているのが見える。そして、その下の美しいビーチ。その場に居合わせた親子連れに、「これはスゴイ景色ですね」と思わず声をかけた。すると、オトウサンが「そうなんですよ。子供の頃、よくこの浜へ下りました。ほら、手前に『立ち入り禁止』の看板があったでしょ。あそこの先の洞穴をくぐると下りられるようになっていたんです」「そうなんですか、洞穴見ました。ロープが張ってあって確かに立ち入り禁止になっていました」と私。その時、下の岩場で釣りをしている人が見えた。「あの人はどうしたんでしょうね? 渡船?」 と訊くと、「いや、道に車が止まっているでしょう。きっとあの穴を通って下りたんですよ」と平然とオトウサンがいう。釣り師の根性、まさに見上げたものである。ロープを伝って下りているところも目にしたことがある。大物釣りのためならどんな危険も冒す「冒険者」なのだ。「釣師海岸」つまり釣り人しか行かない海岸なのかと妙に得心した。トム・ハンクスの「キャストアウェイ」という映画を思い出した。飛行機が落ちて、たった一人島に打ち上げられる…という筋だ。この景色、まさにうってつけじゃないか。


「釣師海岸」を過ぎると海岸線に出た。砂浜になっており、小さな子供連れの親子が遊んでいた。向こうに赤い神社らしき建物が見える。あれが「岩船地蔵尊」だろう。船に乗ったお地蔵さまを「岩船地蔵」といい、各地に地蔵堂が建てられている。この地蔵尊は下野(栃木県岩舟町)、越後(新潟県村上市岩船町)と並ぶ日本三地蔵尊の一つであり、建治元年(1257)に中納言藤原兼貞卿が東国を巡航中、台風遭った際、地蔵尊及び七十五神の加護により釣師海岸に漂着できたことから、当地に御堂を建立したと伝えられているとのことである。


地蔵尊にお参りした後、再び関東ふれあいの道を進む。しばらく歩くと国道 128 号に出る。直進すれば「浪花駅」だが、私は国道沿いに大原方面へと歩く。中華風家庭料理「ちーえん」でランチをいただいた後、海の方に右折するが、海は道からかなり離れている。この辺りも海岸に出るのがなかなか難しい。「矢差戸」で海に進む道に入ってみた。綺麗な建物が続く。海岸側にあるのが「オーシャンフロントヴィラ The Bonds」で、その先の海の様子をカメラに収めた。遊歩道らしきものが海岸線に続いている。かなりの長さがあるようだが、さすがに大原漁港まではいかないだろうと道を引き返すし、再び山の中の道を進む。

歩くこと 40 分、ようやく漁港に出た。「大原漁港」だ。かなり規模が大きく、綺麗に整備されている。周囲に飲食店も多い。更に進むと「大原海水浴場」に出る。砂浜がとても長く続いている。大原海岸の先は日在海岸で、地図で見ると「山門駅」を過ぎ、「長者町駅」あたりまで砂浜が続くのだ。海岸に並行して自転車道もあるのだが、それより波打ち際を歩こう。乾いた砂はフカフカして歩きにくいが、濡れているところは引き締まって歩きやすい。疲れている足にはもってこいだ。大原港から離れるにつれて、歩いている人も少なくなる。振り返って、写真を撮った。砂の上にただ私の足跡だけが残っていた。



「太東岬」が近づいてきた。灯台も見えている。あの手前が「長者町駅」である。時計を見る。14:50 だ。さて、このまま歩いて長者町駅まで行くとあと 1 時間はかかるから 15:26 分発の電車には乗れない。ここから「三門駅」まではすぐである。15 時台の電車に間に合うだろう。では、ということで、砂浜歩きを中止し、西に向かって歩き出す。国道に出て、少し戻ると「三門駅入口」の標識がある。間に合いそうだ! 15:11 に駅に到着。15:24 の電車にゆうゆうセーフだった。今回の歩行距離は 23.8 km、歩行時間 6 時間 33 分だ。



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