今日、妻の雛人形を飾りました。下の写真の様にお内裏様とお雛様が御殿の中に入っています。昭和 30 年代前半のもので「御殿飾り」という種類になります。

後ろの屏風のところが壊れていたので五年ほど前に修理しました。屋根は柱と噛み合わせになっているのですが、壊れてしまっていて、ただのせているだけです。
さて「御殿飾り」が珍しいので調べてみますと、つぎを見つけました。
御殿飾りの世界へ | 日本玩具博物館
◆全国各地雪が見られない暖かすぎる冬に、少々怖さも感じながらも立春を迎え、このまま春に向かうのかと思いましたが
御殿飾りは、建物の中に内裏雛を置き、側仕えの官女、庭掃除や煮炊きの役目を果たす仕丁(三人上戸)、警護にあたる随身(左大臣・右大臣)などの人形を添え飾るものです。御殿があることで、人形の役割もよくわかり、飾りの中にも遊びの要素が加わります。 また、京都の人たちが御殿を御所の紫宸殿(ししんでん)に見立てたところから、桜・橘の二樹も登場してきます。
御殿飾りの世界へ 日本玩具博物館 https://japan-toy-museum.org/archives/6685
江戸時代後期には江戸を中心に「段飾り」が発展し、一方、上方では「御殿飾り」が優勢だったようです。御殿飾りは戦後には広く西日本一帯で流行したようです。妻の出身の出雲地方でも流行していたのですね。東海地区では金の鯱がのったきらびやかなものがはやったとあります。妻の御殿飾りにも、出雲地方にもかかわらず、なぜか鯱がのっています。さて、この御殿飾りですが昭和 30 年代後半には姿を消します。「百貨店や人形店などが頒布する一式揃えの段飾り雛に押された」とあります。ひと揃いの段飾りを販売する方がいい商売になったのでしょう。その代わり、地方の文化が失われてしまったのです。妻の雛人形は姿を消す直前、最後の時代の「御殿飾り」なのです。

