
丸子宿
「丸子」は「マリコ」と読み、「麻利子」「鞠子」とも書く。女の子の名前のようだが、「マリコ」「マルコ」と呼ばれる地名は全国に点在していて、実は川と密接な関係がある。多くは街道が川を横切る地点に存在しているのだ。「旧東海道」の「丸子宿」も「丸子川」を渡るところにある宿場町である。その概要はつぎのとおり。図 2 に古地図を示す。

- 所在地:駿河国有度 (うど) 郡(静岡県静岡市駿河区丸子 7 丁目など)
- 江戸・日本橋からの距離:46 里 4 町 45 間
- 宿の規模:家数 211 軒、本陣 1、脇本陣 2、旅籠屋 24
- 宿の特徴:丸子川を渡るところにある中世以来の宿場。とろろ汁が名物。
「江戸方見附」は説明板のみ。昔の宿場町の雰囲気はあまり残っていない。


さすがに「本陣跡」は石碑だったが、「脇本陣跡」「問屋場跡」は木の札が立っているだけで、「明治天皇御小休所跡」の碑の方が立派だ。



冒頭、図 1 の広重の絵は「とろろ汁」を売る「名物茶屋」となっている。この茶屋が「丸子橋」の手前にある「丁字屋」だ。茅葺き屋根の建物で、瓦屋根が無ければ昔のままである。右手に「とろろ」と彫られた大きな石がある。店の手前には「芭蕉の句碑」と「十返舎一九の碑」があった。残念ながら今日(木曜)は定休日だ。


「梅わ可菜(うめわかな) 丸子の宿能(の) 登路ゝ汁(とろろしる)」と刻まれている。

「丸子川」を渡る。左手に「丁字屋」の広大な駐車場があった。外見は昔ながらの小さな店の様だが、立派な料理屋なのだ。橋の右側、「高札場跡」が緑地になっている。


丸子宿~宇津ノ谷峠~岡部宿
9:40 に「丸子宿」を後にして「宇津ノ谷」に向かう。峠越えの歩き方がもう一つよくわかっていない。まずは「国道 1 号線」の「宇津ノ谷トンネル」の前にある「道の駅 宇津ノ谷峠」に行って情報収集だ。「丸子川」「国道 1 号線」と並行して歩くこと 50 分、ようやく「道の駅」に到着。ここで地図を入手した。
ややこしいのは「宇津ノ谷」を通るいろいろなルートがあることだ。トンネルだけで「明治」「大正」「昭和」「平成」と四本ある。交通量が増えるにつれて、それに対応すべくトンネルを掘っていったようだ。「旧東海道」はもちろんトンネルではなく峠越えのコース。ここに 7 世紀にできたという古道「蔦の細道」が加わる。これら全てのコースが現存している珍しい場所なのである。
地図を図 3 に示した。国道を越えて「丸子川」沿いに進み、「宇津ノ谷集落」に入る。私が歩いた「旧東海道」は青、赤は「国道 1 号線」、黄色は「県道 208 号」である。なお、写真の番号(①~⑫)と地図の番号を一致させている。




昔の風情を感じられる町並みだ。ちょっとタイムスリップしたような錯覚におちいる。集落の中を進むと前に階段が現れる。これが「旧東海道」である。

登り切ると、目の前に道標がある。左は「明治のトンネル」、右は「旧東海道」となっている。


道標の右側はこんな具合(写真 16)だ。前方に道がのびている。この広い道を進むと間違い。これは「大正のトンネル」に出る道である。私は間違ってトンネルの前まで行ってしまった。この写真の左側に木の看板が立っているが、ここが「旧東海道 宇津ノ谷峠」の入り口である。

ここでちょっとためらった。濡れた落ち葉でいっぱいだ。昨夜の雨の後である。山道はかなり滑りやすいのではないか? 安全をみて「明治のトンネル」を通る方が無難ではないか? しかし、ここまで「旧東海道」を歩いてきたのだ。やはりここは「旧東海道」だろうと 意を決して、この濡れた階段を上っていく。さあ、ここからが今日のヤマ場である「宇津ノ谷峠越え」である。

竹林の中を歩いて行くと俳人「雁山の墓」がある。1727 年頃旅に出て行方不明となり、駿河の文人達がここに墓碑を建てたと伝えられている。

その先、坂道が続く。「明治のトンネル」の上を歩いている。

登っていくと横に台地状のスペースが現れる。なにやら説明板も見える。ここは「峠の地蔵堂跡」。「延命地蔵堂」があったという。


「宇津ノ谷峠」に着いた。道標のところからわずか 10 分。どうってことない! ここからは下り道。下りの方が滑りやすいので注意だ。狭い歩幅で、ゆっくり進む。

下り坂が急になり、左手下に道路が現れる。そこまでは階段だが、手すりがついている。どうということはなさそうだが、実はここが危険場所だった。

階段がとても滑る。身体が崩れて、咄嗟に左の手すりにしがみついた。そのおかげで、転倒を免れた。滑る! その先の緩い坂は手すりがない。下はコンクリートのようだ。その上に濡れた落ち葉がある。そこで、ステーンと転んだ。転んだが無事だった。
起き上がって、さあどうしようかと考えた。道が分岐している。どちらが「旧東海道」か? 左の道に立て札がある。それを見ようと道路の真ん中に出ようとした時、再び足が滑った。今度はさっきより激しい。幸い背負っているリュックがクッションになってお尻の痛打は免れた。だが、後に手をついたため左手首をやられた。起き上がろうとするが、足が滑ってうまく起き上がれない。立ち上がろうとしてまた転けた。やっとのことで起き上がる。立て札を確認、左はトンネルの作業用道路のようだ。右の道が正しい。だが、どうやって進むべきか? 道の真ん中はかなり滑る。そこを避けようとゆっくりと右端に移動する。落ち葉が積もっているが、その上の方がまだ滑らない。それにしても、どうしてこんなに滑るのだろうか? 場所を選びながらゆっくりと歩いた。なんとか転ばずに乗り切った。

「髭題目の碑」を過ぎ、「蔦の細道」からの道と合流。なだらかな道で危険は去った。「坂下地蔵堂」の前を過ぎる。これで「宇津ノ谷峠越え」は終わった。


それにしてもどうしてあんなに滑ったのか? 歩きながら、ずっとそのことを考えていた。靴のせいではないか? 半年前に買ったメレルのハイキングシューズである。この靴で滑って転けたのは今日が初めてではない。買ってすぐに濡れた山道で転んだ。この時は歩き方が悪いのだと思っていた。その後も濡れた路面で靴が良く滑るなと思っていた。アスファルトは大丈夫だが、コンクリートや鉄板は危ない。前回の三島駅。雨に濡れた板の上でスケートしているようになった。この靴が滑りやすいんじゃないのか! (帰宅してから、ネットで調べると、メレルは滑りやすいという書き込みが多数見つかった! 雨の日、モンベルと比較試験をしてみた。濡れたコンクリートをモンベルはしっかりグリップしているが、メレルはスケートのように良く滑った! 結局、旅から帰って私はこの靴を捨てた)。

ここから先、「岡部宿」へは「県道 208 号線」を歩く。時刻は 12 時になっている。そろそろ昼食といきたいのだが、店がない。坂を下りてすぐの「道の駅 宇津ノ谷峠おかべ茶屋」を過ぎてしまうと、「岡部宿」まで行かないと食事できるところはなさそうだ。
「十石坂観音堂」の前を過ぎると、「岡部宿」の「枡形跡の碑」があった。12:17 に「岡部宿」に入った。「丸子宿」を出てから 2 時間 37 分である。


