旧東海道歩き旅

旧東海道歩き旅(37)御油宿~赤坂宿(2024.10.17)

図1 安藤広重「東海道五十三次 御油 旅人留女御油宿「御油(ごゆ)」という名前は珍しい。この「油」は椿油で、飛鳥時代、このあたりに椿の木が生い茂った椿屋敷があったらしい。その住人が油を「持統天皇」に献上したことからこの名前がついたという。宿...
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旧東海道歩き旅(36)吉田宿~御油宿(2024.10.16・17)

図1 安藤広重「東海道五十三次 吉田 豊川橋」吉田宿(その1)「東八町」の交差点の南西の角に写真 1 の「東惣門」があった。門にしては小振りだと思ったが、これは 2002 年に作られた「モニュメント」だった。そばに説明版があり、「東惣門は鍛...
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旧東海道歩き旅(35)二川宿~吉田宿(2024.10.16)

図1 安藤広重「東海道五十三次 二川 猿ヶ馬場」 広重の絵の場所は「猿ヶ馬場」である。『東海道名所図会』には「堺川より東、左右原山にして、小松多し。風景の地なり。北の方に大岩あり。高さ十丈余、幅二十丈ばかり。猿馬場の茶店に、柏餅を名物とす」...
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旧東海道歩き旅(34)白須賀宿~二川宿(2024.10.16)

図1 安藤広重「東海道五十三次 白須賀 汐見坂」白須賀宿 広重の絵は「汐見坂(潮見坂)」だ。晴れていればこのような青い「遠州灘」が見えるはずだったのだ。図2 白須賀宿散策マップ(湖西市) 10:10 に「おんやど白須賀」を出発した。雨は止ん...
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旧東海道歩き旅(33)新居宿~白須賀宿(2024.10.15・16)

図1 安藤広重「東海道五十三次 荒井 渡舟ノ図」新居関所 慶長 5 年(1600)徳川家康によって「新居」に関所が創設された。「今切関所」とも呼ばれる。「新居」は「東海道」のほぼ中間にある。西は陸路だが、他の三方が海に囲まれているから、京か...
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旧東海道歩き旅(32)舞坂宿~新居宿(2024.10.15)

図1 安藤広重「東海道五十三次 舞坂 今切真景」 長い松並木の道を抜けて「舞坂宿」に入った。一直線の平坦な道だ。それなのになぜ「舞坂」と、「坂」の字を使っているのだろう? 『東海道名所図会』を見ると、「前坂とも書す。いにしえは舞沢、あるいは...
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旧東海道歩き旅(31)浜松宿~舞坂宿(2024.10.14・15)

図1 安藤広重「東海道五十三次 浜松 冬枯ノ図」 10 月になって「旧東海道歩き旅」を再開した。今年の夏は猛暑だった。その為か 9 月は依然として夏で秋風が吹かないし、秋雨も降らない。10 月になって秋雨前線が活発となり、晴れの日が続かなく...
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旧東海道歩き旅(30)見附宿~浜松宿(2024.5.5)

図1 安藤広重「東海道五十三次 見附 天竜川」見附宿「見附宿」は現在の「静岡県磐田(いわた)市」にあった宿場である。「磐田」と「見附」、この名前の違いは何なのか? まずこの点について調べておこう。磐田:平安時代中期に撰述された漢和辞書『和名...
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旧東海道歩き旅(29)袋井宿~見附宿(2024.5.5)

図1 安藤広重「東海道五十三次 袋井 出茶屋ノ図」袋井宿「むかしこの地、四方丘にして、中に田園ありて袋の如し。その中に大いなる井泉あり。故に名とす」(『東海道名所図会』)。「袋井」の名前の由来である。宿場の概要はつぎの通り。所在地:遠江国山...
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旧東海道歩き旅(28)掛川宿~袋井宿(2024.5.4)

図1 安藤広重「東海道五十三次 掛川 秋葉山遠望」「掛川宿」の概要はつぎのとおり。所在地:遠江国佐野郡(静岡県掛川市掛川など)江戸・日本橋からの距離:56 里 19 町 45 間宿の規模:家数 960 軒、本陣 2、脇本陣なし、旅籠屋 30...