このウォーキングも第 10 回になる。だいたい月 5 回のペースで歩いていて、ここまでは順調だ。記念すべき第 10 回は 2023 年 2 月 21 日の寒い北風が吹き付ける日だった。前回に懲りて、風に対する準備は万全だったのだが、今回、新たな大敵が現れた。「花粉」だ。強い北風に乗って大量の花粉が攻めてくるのである。目が痛い。マスクをしていてもその間から花粉が入ってくるのだろう、鼻水がタラタラと流れ、くしゃみの連続なのである。抗アレルギー剤を飲んできているのだが、まったく効き目がない。いや、きっと効いているはずだが、そんなものでは収まらない凄まじい花粉の攻撃だった。

今回は前回ゴールした南房総市和田町の「和田浦駅」から始めて、海岸を北上して鴨川市に入り「安房天津駅」にゴールするコースである。鴨川市街に入る手前、国道だと長いトンネルを通らねばならないので、それを避けて海岸沿いを歩き、「魚見塚」に登って「鴨川松島」の眺望を堪能しようと考えた。さいわい風は強いものの快晴である。きっと青い海をみることができるはずだ。
内房線の電車は 8:33 分に和田浦駅に到着。高校生が大勢乗っている。この時間は通学電車なのだ。和田浦駅で降りたのは私一人。前回来た道を戻り国道 128 号線に出ると、すぐ「和田浦海水浴場」だ。砂浜のきれいな海岸である。砂の色が白いので海の青さが映える。


国道を進むと「花嫁街道」近道の看板があった。かつて、花嫁行列が通った道がハイキングコースになっている。ずっと気になっているところで、来ようと思いながら果たせずにいる。今回もパスとなる。つぎはきっと来よう!
「浜ちどりの歌碑」の標識で海岸の方に入る。
青い月夜の浜辺には 親を探して鳴く鳥が 波の国から生まれ出る ぬれた翼の銀のいろ
いい詩だ。「波の国から生まれ出る」という表現、鳥が餌を求めて波打ち際を飛ぶさまが、まるで波から生まれるように見えるのだろう。「作詞者鹿島鳴秋が南房総市和田町を愛し度々療養中の愛娘をつれ訪れていました。後に、家族ともども和田町に移り住みました。療養のかいなく愛娘は亡くなりました。愛娘を偲んで童謡「浜ちどり」の歌を作られたとされています。」と「まるごと千葉」に説明がある。月夜にこの海岸を訪れてみたい。月明かりの下で銀色の波が繰り返し押し寄せている様を見たいと思った。

和田町から鴨川市へ入る。風が強い。江見漁港のところで、バスの標識が倒れていた。今日の風のせいかは分からないが、強風で倒れたのは間違いない。

和田浦から花園、そして江見海岸までは砂浜だが、江見漁港から先は扁平な岩が連なる岩場となった。


国道から離れて、海岸沿いの集落へ降りてみる。海岸線に道が続いている。進むと「鴨川オーシャンパーク」の裏に出る。ここは何回も来たことがあるが、ずいぶん寂れてしまった。オープンは 1997 年。このあたりのレジャースポットとしては比較的新しい方だ。以前は管理を「太海フラワーセンター」が行っていたが、2004 年より、鴨川市農林業体験交流協会へと変更されたのだそうだ。ぐっと地味な施設となってしまった。もともと海岸線が美しい地区である。海岸美だけではと客よせの施設を作ったのだろうが、長期間にわたり運営するのはなかなか難しい。


オーシャンパークから「江見大夫崎」へとまわり、再び国道へ戻る。振り返るとそこに素晴らしい景色があった。砂浜と岩場、そして木々の緑、空と海の青さが織りなすアンサンブルだ。

鴨川方面にラクダのコブの様な山が見える。海岸に向かっていくつも小山が伸びている。どこか分からなかったが接近すると、それが太海地区だと分かった。海に張り出した連なる小山。岩の上に作られているのが「太海フラワー・磯釣りセンター」なのだ。左側の温室部分がフラワーセンター、右は磯釣りセンターだろう。何回か来たことがあるが、こんな場所に建てられていたとは知らなかった。車だとあっという間に通り過ぎてしまう景色なのだ。


道路から見えたフラワーセンターの温室はガラスが割れ、中から椰子らしきものが飛び出していて、相当に荒れていた。営業しなくなってからかなり経っているのは明らかだ。後で調べると、磯釣りの方は運営しているようだ。また、駐車場は「仁右衛門島」への渡船の駐車場を兼ねている。


「仁右衛門島」へは渡船場から手こぎ船でいく。この舟に昔、乗ったことがある。「安寿と厨子王みたい」と妻が言ったのを思い出す。安寿と厨子王は人買いに売られ、小舟で丹後に運ばれる。小舟で行く様子が似ているという。
仁右衛門島渡船場を過ぎると「太海海水浴場」に出るが、とても風が強くて行く気にならない。それでも、向こうに「魚見塚展望台」が見えていたのでカメラに収めた。左に見える山が「波太富士」。このあたり、こんな小山が多い。その裾に「鴨川青少年の家」があり、その向こうが「魚見塚展望台」だ。尖った棒のように見えるのは展望台にある女神の像である。これから、あそこへ登るのだ。

県道 247 号を進むが「波太富士」のところはトンネルになっているので、青少年の家の敷地内を歩く。再び県道に出るので進むと「鴨川松島」のビューポイントに出だ。鴨川市の公式ホームページよれば、「大小七つの島(荒島・弁天島・鵜島・雀島・波涛根島・猪貝島・海獺島)の総称であり、宮城県の松島を思わせる景観からその名がついた。外房随一の名勝と言われ、新日本百景にも選ばれている。」とのこと。本場の松島よりずっと規模が小さい。

「魚見塚」への道を上っていく。ホテルのところで道が分岐しており、右が「魚見塚」、左が「一戦場公園」へ出る道である。この「一戦場」という名はその昔、石橋山合戦で敗れ房総に逃れた源頼朝が地方の豪族との戦いに勝って天下取りの足掛かりを作ったことに由来するという。房総のあちこちに頼朝の伝説がある。頼朝が房総半島に渡海し、安房国にいた期間は実は 1 ヶ月もない。だから、頼朝伝説の多くの場所はフィクションではないかと思われる。さて、「魚見塚」である。昔、漁師が魚の群れを見張ったところだが、今は展望台になって、「暁風」とい女神像が海を見張っている。駐車場からは女神像の背中とお尻が見えた。
展望台からの眺めは素晴らしい。右側には太海が左には鴨川市街が一望できる。鴨川は扇状地にできた町であることがよく分かる。扇状地を作った川が「加茂川」である。京都の鴨川によく似ているということでつけられた名前である。どのくらい似ているかは降りて調べてみることにしよう。



ということで山道を鴨川市街へと下るのだが、ちょっと道に迷ってタイムロスした。「加茂川」を渡る橋の上から上流方向の写真。確かに似ていると言えば似ているが、規模が小さい。

すでに 13 時を回っている。お腹がすいた。店を探す。前原にある「あわじや」に入った。メニューを見ると「おらが丼」というのがある。写真がついていたが海鮮丼のようである。15 品目入りの「上」を注文。「おらが」とは鴨川の方言で「我が家」という意味。要はその店独特のどんぶりだ。「素材は現地のものを主体とする」「季節感を失わない」「健康を意識した商品作りを忘れない」などのルールがあるようだ。で、私が食べた「おらが丼」はまさしく「海鮮丼」だった。

「あわじや」から海までは数分だ。目の前に美しいビーチが広がる。日本の渚百選に選ばれている「前原・横渚海岸」である。海岸の前は綺麗に整備されている。娘達が小さい頃、毎年、初日の出を見に行っていた海岸である。


海岸前の道路を左折すると、待崎川を渡る歩道橋があり、これを渡って東条海岸に出る。海岸沿いに長い遊歩道があり、「鴨川シーワールド」の先まで歩けるようなのだが、途中で工事をしていたので、「鴨川グランドホテル」の横を通って国道 128 号線にもどり、「鴨川シーワールド」の前を歩いた。ここはオルカのショーなどで人気の水族館だが、今は閑散期なので入り口の工事中だった。夏に来るといつも超満員だ。

さらに進むと「亀田総合病院」の前に出る。これはスゴイ。まるでホテルだ。予約を取るのも大変という人気 ? の病院である。この先で道が二つに分岐している。どちらも国道 128 号線だが、左がバイパスになっている。迷った結果バイパスの方を選ぶ。さきほどからお腹の調子がすこし変だ。立派な海鮮丼を食べたのでお腹がびっくりしたらしい。バイパスのは上り坂になっていて、どんどん高みに登っていく。前方にトンネルらしきものが見えた。

マズイ! トンネルがある。下に降りるところはないかと見るが、それらしきものはない。分岐からかなり歩いているので引き返すのもたいへんだ。ともかく、トンネルの前まで行ってみよう。

トンネルの先が見えている。それほど長くないようだ。

立派な歩道がついていた。このおかげで難なくトンネルをクリア。「坂下りトンネル」という名だそうだが、坂にはなっていなかった。お腹はますます変になっている。どのくらいもつだろうか? と不安に思っていたら、救いの神が。前に「道の港 まるたけ」の看板がある。干物などを売っている大きな店だ。私は店に駆け込んだ。
時刻は14:48 だ。安房天津駅発の電車が 15:49 発であと 1 時間ある。この区間、電車は 1 時間に 1 本しかない。乗り遅れるとたいへんだ。バイパスを離れて海岸線に出ようと脇道に入る。国道に出ると「ロシア人初上陸の碑」の看板がある。そこまで行くか? このまま駅まで歩くか? 時間はどうか? ギリギリ行ってこられないことはない時間。でも、なんとしても 15:49 の電車に乗りたい。結局、ロシア人はあきらめて駅へと進み、どこかで休憩しようと決めた。
進むと「ニタ間海岸」に出る。ベンチがあったので坐って海を見ながらクッキーを食べる。「極楽、極楽。」海岸線の道がかなり先まで続いているようなので、次回はこの道を通ろうと決める。

駅までは 5 分程度だった。15:30 に「安房天津駅」にゴールイン。時刻表を見ると同時刻に外房線、内房線の電車がある。単線なのでこの駅ですれ違いなのだ。外房・内房、ほぼ家までほぼ同じくらいの時間である。中間点まで来ているのだ。外房の方がほんの少し早そうなので、外房線のホームに出た。これまではずっと内房線を使っていたが、これからは外房線に乗ることになる。これで今日は終了、今回のウォーキングは距離 26.4 km、6 時間 45 分だった。


